*今日も続くお会式法要! 馬場町の芳心寺さんの『お会式法要』をお勤めした。
今日が日蓮聖人の御命日。今を去ること735年まえの弘安5年10月13日、逗留さきの池上右衛門が館にて、「たとえいずくにて死に候とも、9ヶ年が間心安く法華経を読みし山なれば、墓おば身延の沢に建てさせたまえ、日蓮が魂は未来祭までもこの山に住むべく候」と遺言を残され61歳の波乱万丈なるご生涯を閉じられた。
さらに、「日蓮よりのちに来たりそうらわば、日蓮の弟子檀越なりと名乗り通りたもうべし。その時この法華経は三途の川にては船となり、死での山にては大白牛車となり冥土にてはともし火となり、霊山に参る橋なり。霊山にましまして丑寅の渡りにて尋ねさせてたまえ、日蓮必ず待ち奉るべく候」。ここまではお葬儀の引導門の中で読む言葉だ。問題はこの後で、「ただし、各々の信心によるべく候・・・云々」と続く。
ようやくすると、「日蓮は先に旅立つけれど、先に行って待ってますから、その時は安心して私の元へおいでなさい」。ここからが肝心で、ただし各々の行いしだいですよと。普段の行いが悪ければ、いくら私の弟子ですと言ってもダメですよ。私でも助けられません。返す返すも普段の行い次第です。と締めくくられる。これが日蓮聖人の素晴らしいところで現実味がある。心したいものだ。が・・・。