平成19年5月1日 「れんげ草」
最近は、見る事が少なくなった「れんげ草」が咲く田んぼを見かけました。昔は、学成寺の周りも田んぼが多く、れんげ草の中を走り回って遊んだ事を思い出します。
そんな「れんげ草」を見ながら、池上本門寺酒井日慈貫首様の話を思い出しました。
貫首様が、子供の頃、小学校を卒業した日、お母様が成績表を前にして、「お前は頭が悪いくせに勉強嫌いでは、世間の皆様と肩を並べて生きていく事は容易な事じゃない。だけど、お前に一つだけいいところがある。それは、お前は面倒見がいいところだ、お前は『れんげ草』におなり、れんげ草は田畑のこやしになるし、家畜の餌になる。お前も、世間様のこやしとなって餌となって人様のお役にたつように努力すれば、お前のような人間でも、この世に生まれてきた甲斐を見つける事が出来ますよ」と言われたそうです。
なぜか、その母の言葉が、子供ごころに納得がいき、「よし、俺はれんげ草になろう」と心にきめられた酒井貫首様は、以来、90歳を迎えようとする今日まで、みごとに「れんげ草」の人生を歩んでおられます。
最近になっての事だそうですが、孫娘さんが買ってきた「花ことば」という本が机の上に置いてあるのを見つけられた酒井貫首様は、「れんげ草」の花ことば」は何だろうと興味深く開いてみられたそうです。すると、—実り多い幸せ—と書いてあり、田畑のこやしであり、家畜の餌である野の花が—実り多い幸せ—とは。と、仰天し、その時、おもわず40年前に亡くなられた、お母様の顔がポッと浮かび。なるほど、そうだったのかと、感慨深くお母様の事を思い出されたとの事でした。
私達も、人様のお役に立てる、『れんげ草』の人生歩みたいものです。