今月の言葉

ハスの花

2019年07月01日コメントをどうぞ

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鳥取市郊外にある農業試験場で、綺麗に咲いた大賀ハスを見て来ました。

大賀ハスとは、昭和26年に千葉県の検見川遺跡から丸木舟などとともに、大賀一郎博士によって摂取されたたハスの種子3粒のうち1粒が発芽したものです。

2千年以上もの長い間地中に埋もれ眠り続けていたにも関わらず発芽し繁殖し見事な花を咲かせた『大賀ハス』、凄い生命力です。

お釈迦さまのイキイキと生きる為の教えを『妙法蓮華経』といい蓮華の教えとも言われます。お釈迦さまはハスの花の生命力にあやかり私達もイキイキと生きるという思いを込めて自らの教えを、蓮華の教えとされました。

生命力の強いハスではありますが、大賀ハスが3粒のうち1粒しか発芽しなかったように育てるのは容易な事ではありません。これは生きる事はなかなか容易な事ではありませんよというハスの花とお釈迦さまからのメッセージのようにも思えます。

季節は暑い夏へと移り変わっていきますが、ハスの花にあやかり、イキイキと元気に毎日を過ごしたいものです。

極楽を・・・

2019年06月01日コメントをどうぞ

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『極楽を保証されても娑婆がいい』

これは相田みつをさんの言葉で、読めば読むほど味わい深い言葉です。

『娑婆』とはインドの古い言葉サンスクリットの「サーハー」という言葉の音訳で、“耐えて忍んでいるところ”という意味をもちます。

『娑婆』と言うのは、けっして楽なところではありません。そんな『娑婆』の中で、耐えて忍びながら一生懸命生きている姿、それが生きている証であり、そんな姿が尊いのだと思います。

もちろん亡くなってから極楽で楽になりたいですが、それではちょっと遅すぎます。

後にも先にも、今日の日は1回だけです。そんな毎日をイキイキと過ごす。そんなきっかけとなる言葉が『極楽を保証されても娑婆がいい』

かみしめたい言葉です。

大山

2019年05月02日コメントをどうぞ

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米子市への行き帰り、頂上付近に少し雪が残る伯耆富士大山が綺麗に見えました。

米子市から見える大山は伯耆富士と呼ばれるように富士山のように見えてとても美しい山です。

一方、北壁など見る場所によってはとても厳しい山に変貌をとげます。

何事も見る場所によって、いろんな形に見えるものです。

たとえば、コップも上から見ると丸く見えますが、横から見ると長方形に見えます。何事も片寄った見かたをするとほんとうの姿が見えてこないと思います。

人間も同じ事がいえて、人それぞれ見方を変えると様々な姿に見えるのだと思います。

風薫る爽やかな季節を迎えますが、お互いが良い見方をして、良い所を見つけあい爽やかな毎日を送りたいものです。

イチロー

2019年04月01日コメントをどうぞ

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筆舌に尽くしがたい多くの感動と共に『イチロー』が『鈴木一朗』さんにもどりました。

記者会見で、後悔があるかと聞かれ、「まったくありません。今日の試合後に起こった事、あの姿(ファンの)を見せられたら後悔などあろうはずがありません。死んでもいいなと表現する時ってこういう時なんだと思いました。死なないですけど」。

野球少年へのメッセージとして、「野球に限らず、いろんな事にトライして自分の好きな物、熱中出来るものを見つけてほしいです。努力を重ねることが後悔を生みません」。

野球の魅力を聞かれ、「野球に同じ瞬間などありません。どの瞬間も違うのが野球の魅力だと思います」。

パワーの源はと聞かれ「人に喜んでもらえる事が一番のパワーとなりました」。

奥さんへの感謝として、「試合前に妻のおにぎりを食べた。その数約2800個。3000個にぎらせてやりたかった。僕はじっとしていられませんからゆっくりしたいとは思いませんけど、妻にはゆっくりしてもらいたいですね」

会見を見ながら、やはり人間は人間によって癒され感動してこそイキイキと生きていけるのだと思いました。

一生懸命生きて努力を重ねたイチローさんの言葉は心に残るものでした。人生にも同じ瞬間はありません。一瞬一瞬を大切に、人を喜ばせ感動しあう世の中でありたいものだと思いました。

辛いという字がある

2019年03月02日コメントをどうぞ

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「辛いという字がある もう少しで幸せになれそうな字だ」

『辛い』という字を思い浮かべてみてください。ほんとうにもう少しで『幸せ』になれそうな字です。

この言葉は、星野富弘さんという画家の描かれた画集に添えられていた言葉ですが、星野富弘さんは、高校の体育教師をしておられた時に怪我をされ半身不随になられた方です・

絵が好きだった星野さんはやがて口に筆を加えて絵を描かれるようになり沢山の素晴らしい作品を描かれています。

勇気が涌いてくるとても心強い言葉です。

毎日の生活の中、いろんな事があるかと思いますがこの言葉を励みにもう少しの努力を惜しまずに頑張りたいものです。

稀勢の里

2019年02月01日コメントをどうぞ

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*現役を引退した横綱稀勢ノ里関の引退会見での言葉は心に残るものでした。

師匠に言われた言葉として、「勝っても喜ぶな、負けても悔しがるな」

中学高の卒業論文には「天才は生まれつきです。もうなれません。努力です。努力で天才に勝ちます」

引退会見では「覚悟を持って場所前から稽古してきた。自分の中で、これでダメならと言うくらい稽古した。その結果初日からの連敗で、自分の中では一片の悔いもありません」。

一喜一憂する事無く、努力で天才に勝つと覚悟を持って一生懸命頑張ってきた稀勢ノ里関の言葉。私達も見習いたい事が沢山あるとおもいます。

まだまだ寒い日が続きますが、毎日を一生懸命元気に過ごしましょう。

毎歳が生まれて初めての歳

2019年01月01日コメントをどうぞ

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平成31年 新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

今年は、己・亥(つちのと・い)・八白土星の歳になります。

天の気を司る十干の『己』は悪い事が溜まり乱れを起こすのを、筋を通して規律を与えるという意味を持ちます。

ところが、人の気を司る九星の『八白土星』は、大きな変革の可能性を持ちながらも改革の為に停滞が起こり、物事が曲がりくねりうまく伸びていかない現象を起こす。という意味を持ちます。

そして地の気を司る十二支の『亥』は、次世代に繋がるエネルギーの凝縮を意味し、あらゆる分野で我々の未来を左右する新しい技術が出現する事を意味します。

これらの事から、今年は全ての事が変動の大きい歳になる事が予測されますが、AIなど新しい技術も出てきて益々便利になる事もある事でしょう。何はともあれ元気が一番です。元気があればいろんな変動も味方につけて新しく変わっていく事が出来ると思います。

『毎年が生まれて初めての歳』今年も毎日を心新たに元気に過ごしましょう。

お陰様

2018年12月02日コメントをどうぞ

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『味方学』という、自分が自分の見方になり、そして大切な方の味方になる方法を深めていくセミナーに参加しました。

人は一人では生きていけません。生まれてからこの世を去るまで必ず誰かと影響しあっています。先ずは自分が自分の見方となり、そして回りにいる人の味方となる。そうすると味方が出来た相手の人は安心し力が涌いて心強く感じ、自信を持って生きて行く事が出来ます。というお話でした。

自分が自分の味方になる事は元より、自分が相手の味方になり、味方になってもらう事って、イキイキと生きる為にとても大切な事だと思いました。

『神様・仏様・ご先祖様。影から私達を見守って下さる見えない『様』。それを『お陰様』といいます。今年一年の沢山の『お陰様』そして沢山の『味方』になって下さった方々にも感謝し一年を締めくくり新しい歳をむかえましょう。

沢田研二さん

2018年11月01日コメントをどうぞ

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梨花ホールで沢田研二さんの『70古希ライブツアー』のコンサートを見ました。

オープニングで、大ヒット曲『カサブランカダンディ』を歌ったあと、「このたびは、大変お騒がせ致しまして申し訳ありませんでした。鳥取の親戚の方々にもご心配をおかけしまして」と深々と何度も頭を下げられコンサートは始まりました。

今回のツアーは還暦の時から構想を練っていてようやく実現したというギター1本をバックに歌うというコンサート。うなりをあげるエレキギターをバックに歌い上げる沢田研二さんのパワフルなボーカルはとても古希をむかえたとは思えない熱唱でした。

「私は、まだまだ無茶をする大人でいたいと思います。まだ10年は頑張ります。次は77歳喜寿のツアーをめざしています。まだまだ至らぬ事の多い私ですが、宜しく願い致します」となんども頭を下げ、アンコールで♪今は~さらばと言わせないでくれ~今は~さらばと言わせないでくれ~」と自分の気持ちに重ねるように『ヤマトより愛をこめて』を朗々と歌い上げコンサートは幕を下ろしました。

いくつになっても、前向きな気持ちで年齢に立ち向かおうとする沢田研二さんの姿に感動しました。

私達も歳を重ねても同じ気持ちで頑張りたいものだと思いました。

樹木希林さん

2018年10月02日コメントをどうぞ

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女優の樹木希林さんは沢山のメッセージを残して旅立たれました。

死をどう思うかと聞かれた時は、「死んだ事ないから分からないんですよ。生きるのも日常、死んでいくのも日常。死は常に思ってますよ。いつ何があってもおかしくないですからね。誰でも一瞬先は闇ですから」

左目を失明した時には、「人の奥側にあるもの、対する人の裏側を見ていくチャンスかなと思っています」

亡くなる3年前には、「マイナスはマイナスではない。マイナスの出来事も含めてすべて自分の栄養かな」

生き方について聞かれると、「人生で一番幸せだったのはいつか、それは今なんですよね。今が一番よしとしますか」

死への覚悟について聞かれると、「自分が生きたという事が人の迷惑にならないように。ゴミが無いようにって思ってます」

行年75歳、波乱万丈のご生涯だったと思いますが、いろんな出来事を前向きに素直に受け入れられ積み重ねてこられたからこそ出てくる言葉の数々だと思います。

私達も、いろんな出来事を素直に受け入れ前向きな毎日を送る事が出来たらとお思います。

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