今月の言葉

憂いを破り

2020年09月01日コメントをどうぞ

2020_09

今、新型コロナの影響などにより様々な“憂い”が世の中を覆っています。“憂い”とは、嘆き悲しむ事、心が晴れないという意味があります。

ところが、この『憂』という字に人偏『人』を付けると『優』やさしいという字になります。人は人と交わる事によってこそ優しくなれるという事です。

今は空前のペットブームで17歳以下の子供の数よりも飼われているペットの数の方が多いそうです。もちろん可愛いペットたちに癒され優しくなるのも素晴らしい事ですが、やはり人は人によって癒され優しくなれたらさらに良いと思います。

学成寺の愛言葉は『憂いを破り 和の波を広げよう 憂破破 和波波(うはは わはは)』です。

みんなが仲良くイキイキと生きる方法は、片寄らない考えや行動を実行する事ですというお釈迦様の教え『中道』に照らし合わせ、気候のバランスも良くなり、昼と夜の長さが同じでバランスの良いお彼岸の中日をきっかけに日常のバランスの乱れを修正しようとしたのが『お彼岸』です。

今は新型コロナの影響によりソーシャルディスタンスが求められ、なかなか難しい現実もあると思いますが、人と人との繋がりを大切に、命を繋いで下さったご先祖様に感謝し、心優しい日々を送れるように心がけたいものです。

沁みる夜汽車

2020年08月01日コメントをどうぞ

2020_08

NHK BS1で『染みる夜汽車』という番組を見ました。

ある男性が、16歳で両親に楽をさせたいと青森から集団就職の夜汽車で上京し上野駅に降り立ちます。そして町工場に就職し一生懸命働き、やがて東京生まれの女性と結婚します。

二人の子供に恵まれ、子供が大きくなった頃、田舎でみんな一緒に住みたいと両親に家を建てますが、成人した子供達は結婚し東京、横浜にそれぞれ家を構えてしまいます。

孫が出来たけど、孫の故郷は東京・横浜となり、ふるさと青森は遠のくばかり。やがて田舎で帰りを待ち続けていた両親も亡くなり、とうとう誰も居なくなった家は処分することに。

もう故郷には帰らない。ここで電車に乗れば故郷青森に帰れて両親と会えると思いを馳せた上野駅18番ホームは今も故郷に繋がっている。という番組でした。

番組を見終わって、これが現実なんだとちょっと寂しい気持ちになり『ふるさと』の歌詞が思い浮かびました。

🎵いかにいます父母 つつがなしや友がき 雨に風につけても 思いいづるふるさと🎵

🎵志しをはたして いつの日にか帰らん 山は青きふるさと 水は清きふるさと🎵

“ふるさと”は固定した場所のようなイメージがありますが、成人した子供が東京で家庭を持ち子供が産まれるとその子の“ふるさと”は東京。その子がやがて成人し大阪に家庭を持つと、そこで産まれた子の“ふるさと”は大阪です。なので“ふるさと”は移動していくものです。

でも、先祖代々続く命の流れは住む場所は変わってもずっと繋がっています。

今年は新型コロナの影響で、ふるさとへの帰省がままならない状況ではありますが、お盆を迎え、今までの事を振り返り、これからも永遠に続く命の事、考えてたいものです。

今ある事に身を置けば

2020年07月01日コメントをどうぞ

2020_07

『まいにち修造』という松岡修三さんの“日めくりカレンダー”に『後ろを見るな! 前も見るな! 今を見ろ!』というのがありました。

みていて、お釈迦様があるお経に示された言葉を思い出しました。

『過ぎにし事を悲しまず。来たらぬ事にあこがれず。今ある事に身を置けば、その顔色やほがらかならん』

過ぎてしまった事を悔んだり、まだ見ぬ明日の事を心配するよりも、今この瞬間を一生懸命過ごしなさいという言葉ですが、松岡修三さんの言葉『後ろを見るな! 前も見るな! 今を見ろ!』と重なるなぁと思いました。

この一生懸命の日々の積み重ねが明日へと繋がっていくわけです。

新型コロナなどの影響により先行き不透明な日々が続きますが、過去から今日、そして明日につながるように先ずは今日一日を元気に過ごしましょう。

うそ

2020年06月01日コメントをどうぞ

2020_6

子供の頃、親に「嘘をつくと閻魔さんに舌をぬかれるだで」と言われると怖かったものです。

平気で嘘をつくようになると、泥棒をするのも平気になるという『嘘つきは泥棒の始まり』

やたらに嘘をつく事が多いという『嘘八百』

嘘も場合によっては良い結果を得る手段になるという『嘘も方便』ただし、方便とは、お釈迦様が真実の正しい本当の事を伝える為に使われる手立てを『方便』といいます。なので自分の都合の都合ばかり考えたうそは『方便』とはいえません。

などなど、嘘にまつわる言葉は沢山ありますが、やっぱり、少々馬鹿を見る事があっても正直が一番だとつくづく思う今日この頃。

緊急事態宣言は解除されましたが、不安は残ったままです。

何事も、不安な時だいじょうぶ。だいじょうぶと思った時が危ないものです。引き続き油断することなく気を付けたいものです。

啓示

2020年05月01日コメントをどうぞ

2014_03

この度の新型コロナウイルス騒動は、やりたい放題でちょっと調子に乗りすぎた私達人間への、神様・仏様・お天道様(地球)からの啓示のように思えてなりません。

新型コロナウイルスによって私達人間の動きが滞った今、世界の国々では公害で汚れた空に青空が戻り、川が綺麗になり魚が戻ってきたなどの事例が見受けられるそうです。

今年の十干・十二支は『庚(かのえ)・子(ね)歳です。十干の『庚』には更新という意味、そして償うという意味があると聞きました。そして十二支の『子』は終わりと始まりという意味を持つそうです。

この難局を乗り切っていく為に私達人間は、今までしてきた事への償いをしなくてはいけない時なのだと思います。

つらい時期が続きますが、元気と勇気は使えば使うほど湧いてくるものです。元気と勇気でこの難局を乗り越えた時に、価値観が変わりよりよい世の中になっていくことを願わずにはおられません。頑張りましょう。

 

だいじょうぶだぁ

2020年04月01日コメントをどうぞ

2020_04_1

志村けんさんは、世の中に沢山の笑いを残して旅立たれました。

志村さんは、マンネリで大いに結構といわれていたそうです。

マンネリで大いに結構。ほかの人はマンネリまでいかないじゃないですか。定番であるのは全然恥ずかしいことじゃない。ドリフも僕のバカ殿も変なおじさんも、必死でネタ作って、とことん何年もやり続けてきたわけだから。みんなマンネリの域まで達してみろって。

必死で一生懸命頑張って生きてきたその姿が“マンネリ”という事です。

私達も、“マンネリ”の域になれるように、毎日を一生懸命生きて日々の生活を積み重ねたいものだとと思います。

志村けんさん、ありがとうございました。

ななゆき

2020年03月01日コメントをどうぞ

2020_03

季節は春へと向かう3月を迎えました。

昔から『節分過ぎて七ゆき』といいますが、『七ゆき』の“ゆき”とは、降る雪の事ではなく、何処何処へ行くの“行き”の事です。

一行きとは一週間の事で、七ゆきとは一週間が七回行く、つまり七×七で49日という事になります。

七回雪が降るのを数えていても一体いつになったら暖かくなるのか分かりませんが、節分から1週間が七回ゆき49日経つと丁度お彼岸が明けます。そこで『暑さ寒さも彼岸まで』という事になるわけです。昔の人はうまい事言ったものだと思います。

今年は今までに経験した事のない暖冬でしたが、三寒四温と云うようにまだまだ寒い日があるかもしれません。油断しないように元気に『七ゆき』を過ごし春を迎えましょう。

達人たち

2020年02月01日コメントをどうぞ

2020_02

NHK教育テレビの『SUIXTUTI INNTABYU 達人たち』でのジャズピアニスト山下洋輔さんと解剖学者養老猛さんの知的好奇心に富んだ会話はとても勉強になりました。

養老さんに、燃えていくピアノを演奏した事など過去の様々な演奏について聞かれると山下さんは、「演奏は良かったとか悪かったとかではないですね。やった事はやった事。今、その時やりたい事をやればいいんです」と。これは自分のやった事にはちゃんと責任を持ちなさいというメッセージだと思いました。

山下さんが養老さんに「昆虫は音でコミニケーションを取っているんですかね」と聞くと、「昆虫は音を出してますが、それは単なる空気の振動です。音は消えていくので、あとくされがありませんから。誰かに悪口を言われたとしても、それはしょせん空気の振動だと思えばいいんです」。

山下さんが「やった事はあとくされ無く捨てていく。これはジャズですね~」。というと養老さんが「自分ってなんだ、なんて考えても無駄ですよ。みんなまともな自分があると思いたいだけなんですよ」と。なるほど~と思いました。

最後にこれからの夢は何ですかと聞かれると、山下さんは「夢は人がつくってくれるものですよ。だって今までの自分の人生はご縁があり人がつくってくれたものですから。これからもずっと夢を見ていたいですね」と。養老さんは「夢が実現するのは難しい」と一言。

そして養老さんが「人は徐々に死んでいくんですよ。人が死ぬのを納得するのは難しく時間がかかる。だから1周忌・3回忌と続くんです」と言われたのも納得のいく、いい話だと思いました。

毎日を興味深々で生きているお2人のお話はとても面白い対談で、聞いていて毎日が楽しくなる気がしました。私達も毎日を興味深々で楽しく過ごし沢山の発見をしたいものです。

初詣

2020年01月01日コメントをどうぞ

2020_01

『毎年が生まれて初めての歳』 令和2年 庚・子(かのえ・ね)歳、新年明けましておめでとうございます。

今年も新年をむかえ沢山の方々が神社仏閣に初詣をされ、賽銭箱にチャリーンとお賽銭を投げ入れて沢山のお願い事をされた事でしょう。

お参りをされた方に「初詣で神仏にお願い事をされて、お礼を言われた事がありますか」と聞くと、ほとんどの方が「あっ、そういえばお礼を言ったことはないかもしれません」と言う方が多いと思います。

もしも自分が神様になったと仮定してみてください。「チャリーンとわずかなお賽銭を投げ入れて、お願い事をして、お礼に来ないとは」と思われることでしょう。

やはりお願い事をしたなら、ちゃんとお礼もいえたら良いと思います。

お願い事よりも、むしろ、有難うございますの感謝の気持ちと、ゴメンナサイの反省の気持ちを込めて手を合わせればそれで十分だと思います。

『毎年が生まれて 初めての歳』今年も、すべての事に感謝の気持ちを忘れずに、体も心も元気に過ごしましょう。