*お盆を前にして、以前師父から「お前は、反省の色が無い」とよく怒られた事が脳裏に浮かびました。
そんな事を思いながら、以前永六輔さんの「子供電話相談室」での話を思い出しました。
小学校6年生の男の子が尋ねます。「反省の色が無いって言われるんですけど、反省の色って何色なんですか」。
永六輔先生が答えて、「反省の色の『色』はカラーじゃないんだよ。お経の文句に『色即是空・空即是色』というのがあるんだけど、そこに何かの様子があるって事なんだよ。『色即是空』は、そこに何かの様子があるんだけど、あるようで無い、無いようだけどある。ちょっとややこしいけど、たとえば、ドーナツには真ん中に穴があるよね。穴には何も無い。けれどもその何も無い穴によってドーナツはドーナツになるよね。真ん中の何も無い穴が無かったらドーナツじゃなくなっちゃうよね。無いけれどある、あるけれども無い。面白いでしょ」。
さらに、「真っ暗闇だと色は見えないでしょ。そこに光が当たると、その物がもっている色が見えるわけですよね。光が当たる事によって、そこに何かあるという事がわかるんだよね。その何かある様子の事を『色』って言うだよ。あなたの質問はとっても面白い」と先生が締めくくりました。
有るようだけれど無い、無いようだけれどもある。世の中のいろんな『色』(様子)に振り回されないようにしたいものです。