*先日の、読売新聞のコラム『子供の詩』は面白かったです。
『マッチ棒の抗い』
「パパはマッチ棒でママは爆弾です マッチ棒は自分の性質を知らない そのため爆発物に点火します ママが爆発するととても怖いです」
コメントに、「どきどき。この詩を読んだママが爆発しませんように」と書かれていて、思わず笑ってしましました。
だがしかし、僕はマッチ棒で奥さんは爆弾なので、他人事ではありません。気をつけたいと思います 😛
小学6年生の児童が「抗い」という言葉を知っていることにも驚きました。

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*小祥忌(1周忌)の法事をお勤めしました。
施主さんが「天気を心配してましたけど良いお天気になって良かったです。昨日は大雨で大阪から来る親戚がJRが運休して来れなかったんです」と。今日の爽やかな秋晴れの日を喜んでおられました。
法事を始める前にお経本を配っていたら、施主さん親子がちゃんとご自分のお経本を持っておられたので、そのお経本を拝見しながら「実は、お釈迦様はお経をご自分で書き残されてないんですよ」とお経にまつわる話をさせて頂いたので前置きが長くなっちゃいました 🙂
法要後、「やはり供養というのは、故人の良いお姿を思い出してあげる事だと思います」などなどお話して供養を終えました。私も、いつも心やすく声をかけて頂いていた故人の優しく穏やかなお顔を思い出しながらお勤めさせて頂きました。
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*昨日、正伝寺さんの本葬儀参列を無事終えたので、久しぶりに総本山身延山久遠寺へお参りしました。
287段ある菩提悌を登ると大本堂前に出るけど、下から見るだけでめまいがしたので登るのは自粛しました 😛 車で駐車場まで上がりました。
ここでの小僧生活で先輩から沢山怒られながらいろんな事を教わったなぁと。
その時折々の思い出を紐解きながら堂内をくまなくウロウロました 🙂
日蓮聖人の御廟所(お墓)と隣接する聖人が過ごされていたという御草庵跡は格別に清々しい空気が漂っていました。
日蓮聖人が「たとえいずくにて死に候とも、墓をば身延の沢に建てさせたまえ。日蓮が魂はいつまでも身延の山に住むべく候」と御遺言を残された身延山は素晴らしいところです。
小僧でいた時は、不便な所だし毎日怒られるし、そんな事は全く思っていなかったけど💦
また、こさせて頂きたいを思いながら山を下りました。
そして、中部横断自動車道の身延山インターチェンジに乗り、新東名から新名神さらに中国道そして鳥取道を走り休憩しながら7時間かけて無事に鳥取に帰って来ました 🙂
有難い事でした。
2024年10月27日2件のコメント
*総本山身延山久遠寺で小僧生活をしながら身延山高校在学中に大変お世話になったお上人が世壽103歳て御遷化(亡くなられ)され、本葬儀が山梨県南巨摩郡身延町切石にある正伝寺さんで営まれ参列させて頂きました。
お坊さんとして79年、女性教師として先人をきって活躍されたお上人でした。感謝の思いを込めて手を合わさせて頂きました。
昨日は午後法事を一軒お勤めしたので、お通夜には参列出来ませんでした。
法事が終了したあと車で出発し愛知県豊田市まで車を走らせ宿泊。しして今朝宿を出発し無事に本葬儀に参列させて頂きました。
久しぶりにお会いする方ばかりで、小僧の時の懐かしい思い出話しに花が咲きました。お上人もそんな参列者の姿に喜んで下さったのではないかなぁと思いました。
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