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12月16日(月) ナリジブ

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*夕べパレット鳥取で開催された、『「なりたい自分」(ナリジブ)になることで鳥取を活性化しよう!!第9回ナリジブ研究会&忘年会』に参加した。

今回はセミナーは無しで、食事にダンス(トリピーダンス)に利き酒大会そしてビンゴゲームと盛り沢山。子供さんの参加もあり賑やかな集まりとなった。

最後に、司会者さんが「どなたかなりたい自分についてなにか発表されたい方はいませんか~」というと、小学5年生くらいの女の子さんが手をあげて、「私は、大人になっても夢を持ち続けれる人間になりたいです」と。一同大拍手が巻き起こった。私も見習いたい!と思ったが、すでに大きな大人になっている事を忘れていた・・・。

盛り上がるビンゴゲーム!

トリピーさんと・・・怪しい・・・

ダンシングクイーン!?

12月15日(日) 満中陰 

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*若桜町の蓮教寺で行年101歳のおばあちゃんの満中陰忌法要を勤め、その後八頭町のお墓で納骨供養をお勤めした。曾曾孫さんに見守られて納骨してもらわれたおばあちゃんは幸せだなぁと思いながらお勤めさせて頂いた。

法要後、「命のサイクルが7でめぐっていて、その7が七回で49日を大きな節目とします」とか、「御命日から49日までの間を”中陰”といい、今日の法要は”中陰”の日にちが全部満ちましたという事で”満中陰”なんです」とか、なんやかんやお話したが、ややこしい話になったかもしれない・・・。

家での後席の時若い方から、「お寺の畳が全部同じ向きになってましたけど、なんでですかぁ」と尋ねられた。分からなかったので、こっそりとスマホで調べたら、畳の敷き方には「祝儀敷き」と「不祝儀敷き」があるのが分かった。一般家庭で敷かれている同じ向きにならない敷き方を「祝儀敷き」。お寺の本堂のように同じ向きにならない敷き方を「不祝儀敷き」という事が判明した。同じ向きに敷くと畳の角が四辻になるのを昔の人は忌み嫌ったとの事。四が死と同じ音なので忌み嫌ったものだろうが、それをお寺の本堂に用いたのはちょっと納得がいかない気がした。

という事で、説明させて頂いた後で、正直にスマホで調べましたと・・・(*^。^*)

親戚の方に冬場は氷ノ山スキー場で仕事をしておられる方があり、「山は降りましたかね~」と聞くと、「5~6センチしかふっとりません。21日がスキー場開きですけ~それまでに降ってもらわんといけんです」と。

「今度は、山でお会いすると思います。その節は宜しくお願いします」といいながら、家を後にした。雪が待ち遠しい(*^。^*)

納骨供養

12月14日(土) ゆきちゃん

2013年12月14日コメントをどうぞ

*降雪予報が出てたので、昨日除雪機の『ゆきちゃん』を車庫から出してきて雪の降るのを待っていたが、朝起きてみると薄っすら雪化粧程度で『ゆきちゃん』の出番はなし。去年は一度も出番がなかったが今年はどうなるだろう。

除雪機の『ゆきちゃん』!

*今日は若桜町の蓮教寺で7回忌の法事をお勤めし、その後八頭町でのお墓参りそして家のお仏壇の前でお勤めし、場所を郡家町に移動し後席となった。

家でのお経後、お仏壇の前に置いてある写真を(故人が奥さんの肩に手をそえて仲睦まじく写っている写真)を見ながら、「いい写真ですね~。ほんとに仲の良い御夫婦でしたよね。バイクにお二人で乗っておられる姿も良く見かけましたし~」と言っていると、施主さんが「父と母はケンカもよ~しょ~りましたけど、まあ仲は良かったかもしれませんわ~」と盛り上がった。

小雪が舞って寒かったが、故人の面影を偲び心は温かい一日だった。

12月13日(金) 輪(りん・わ)

2013年12月13日コメントをどうぞ

*2013年の世相を表す「今年の漢字」に『輪』(りん・わ)が選ばれたニュースを見て、これは素晴らしい字が選ばれたと思った。

揮毫された清水寺の森清範貫主が「大勢の人が譲り合い支え合うのが『輪』の精紳。震災復興に向けて輪の繋がりは大切だ」と語られたという記事を見て、これまた素晴らしいと。

『輪』は、『輪円具足大曼荼羅御本尊』の”輪”。

小さな輪(わ)が、円を描くように集まり繋がりあっている状態を『輪円具足』といい、姿形・考え方・役割の違う者が『輪』(わ)をつくり、それがさらに円を描くように丸く繋がり集まり、お互いが足らない所を補い合いながら共存共生・共存共栄している姿を現す。

御本尊の事を『曼荼羅』(マンダラ)というが、マンダラとはインドの言葉で「集まる」という意味。なので、「みんなが集まって仲良くしましょう~」というメッセージを伝えるのが『曼荼羅』(マンダラ)。

家庭や学校さらに世の中の理想の姿という事になる。

2020年の東京五輪、パラリンピックの開催や自然災害への支援の輪が広がった事が主な理由との事だが、来年以降、森清範貫主が言われるように、人と人とが譲り合い支え合う輪が仲良く広がればいいなぁと思う。

まずは家庭内の『輪』を・・・。

森清範貫主

12月12日(木) スカルプケア 

2013年12月12日コメントをどうぞ

*12月12日なので、12時12分12秒には12が五つ並ぶなどとくだらない事を思いながら外を見ると小雪が舞っていた。

小学生の頃から行きつけの『ヘヤメイク平尾』さんに散髪に行き、今回も頭皮のスカルプケアをしてもらった。スカルプケアをする前に画像で頭皮の状態を見て、「まあまあの状態ですね」という事だったが、スカルプケア終了後に見てみると効果は歴然。頭皮の脂が取れ毛穴もくっきり。

だがしかし、散髪から帰るといつも言われる事は、「いったい、何処を散髪してもらわれたんですかぁ」・・・。

頭皮はサッパリ爽やかになったので、頭の中も心もサッパリと爽やかに師走を過ごしたい(*^_^*)

頭皮

12月11日(水) チリンチリン

2013年12月11日2件のコメント

*夕べ二階町の、音楽小屋jell beans さんで『カウリスマキ』というバンドのライブを見た。ギター・ウッドベース・パンジョー・アコーディオンの編成によるカルテットから奏でられる演奏は、何とも不思議な雰囲気を醸し面白かった!素晴らしかった♪

カウリスマキの演奏♪

*今日は、八頭郡若桜町仏教会による年末恒例の歳末助け合い托鉢募金に参加した。

時折小雨が降る中、「今年は雪じゃ~なくてええですな~」などと言いながら、チリンチリインと小さい鐘を鳴らしながら、若桜の町を六名のお坊さんと托鉢して歩いた。

歩いていると、空家があったり、空家だったところがさら地になっていたり、一番驚いたのは、若桜中学校と小学校があった広大な敷地がさら地になっていた事だ。

過疎の町の現状を見ながら、これではお寺(蓮教寺)の維持管理もこれからさらに難しくなってくらなぁと危機感を募らせた。が、どうしようもない現実が・・・。

1人だけ衣が違うような・・・

*お昼は、『中清』さんという鯉料理屋さんで、鯉を長時間油で揚げて骨まで食べれるようになった名物の鯉料理を頂いた。

こういう名物を売り出して地域の活性化につなげればと思うけど、ここのお店も小さな看板が一つあるだけなので、知る人ぞ知る状態で、なんとも・・・。

名物の鯉料理

12月10日(木) ♪冬が来る前に♪

2013年12月10日コメントをどうぞ

*師走のこの頃になると思いだす曲がある。昭和52年のこの頃にヒットした、紙ふうせんの名曲 『冬が来る前に』だ。

当時学生で、東京都杉並区堀ノ内(JRだと中央線高円寺駅あたり)にある妙法寺というお寺で小僧をしていた私は、師走になると『釜閉めのお経』というのがありお盆経のように妙法寺の檀家さんを回りをしていた。

『釜閉めのお経』とは、一年間お世話になった三宝荒神(火・水・風の神)さんに感謝のお経を唱える行事で、昔はカマドの前でお経を読み釜を閉じるので『釜閉めのお経』と言っていた。

元々は台所のカマドの前、台所でお経を読んでいたらしいが、家にカマドが無くなった事もありいつしかお仏壇の前でお経を読み御先祖の供養も勤めるようになった。

そのお経回りで、寒風ふく街を衣姿で凍えながら歩いている時に街のアーケードなどから繰り返し流れていたのが、『冬が来る前に』だった。衣を着ている事を忘れ思わず♪ふ~ゆ~がぁ~♪と口ずさんだりした事をなつかしく思い出す。

♪ふ~ゆ~が~来る前に~ もう一度~ あの人と~ め~ぐり会いたい~♪

あの頃めぐり会っていた人達は今いずこ(*^。^*)

 

 

12月 9日(火) 辛い・・・

2013年12月09日コメントをどうぞ

*今日のお昼はカレー屋さん『かるだもん』で エビカレーを食べた。ここのカレーはスバイシーでとっても美味しい。辛さは10段階の1・・・(^o^)
でも、ちょっと辛い!
薬膳カレーで毎日食べていた人が体調が良くなった人がいるとの事。

カレーを食べながら、星野富弘さんの言葉『辛いという字がある もう少しで幸せになれそうな字だ』という言葉を思い出した(^o^)

辛いと(つらい)と、辛い(からい)が同じ字というのがなんとも不思議だ\(^o^)/

12月 8日(日) 成道会

2013年12月08日3件のコメント

*午前中若桜町の蓮教寺で法事お勤めし後席にも座らせて頂き、その後戎町にある浄土宗一行寺さんで営まれた鳥取市仏教会の『成道会』に参列した。

『今月の言葉』に書いてテレホン法話でも喋っているように、今日はパールハーバー第二次世界大戦の開戦した日、元ビートルズのジョンレノンが凶弾に倒れた日。そしてお釈迦様が「世の中のすべての物は縁によって生じ、お互いが持ちつ持たれつ成り立っている、ひとりでは何もできない」という事を悟られた日(悟りを開かれた日)。そんな素晴らしい日に、戦争を始めたり、人の命を奪ったり人間とは愚かな生きものか・・・。

身体を痛める苦行では悟りを開く事は出来ないと判断されたお釈迦様が、苦行でやつれた身体を癒す為にネーランジャ川で沐浴し菩提樹の下で休んでおられると、ある村娘が乳粥を差し出し出します。その乳粥によって体力を回復されたお釈迦様はやがて悟りを開かれてゆきます。

その乳粥を差し出した村娘の名前をスジャータ。何処かで聞いた事のある名前です。

この事を知っていて自分の乳製品の会社名とした社長さんは素晴らしい!

寒い時期ではあるけど、スジャータ社のアイスクリームが食べたくなった(*^。^*)

怪しい・・・

12月 7日(土) 重なる時は・・・

2013年12月07日1件のコメント

*午前10時半から八頭町南地区でお葬儀をお勤めし、荼毘供養の後、八坂の斎場から学成寺に戻り13時半から『大黒天神祭』を勤め、終わってすぐに若桜町の蓮教寺に向かい、お葬儀の締めくくりの寺参り法要を勤め、その帰りに八頭町日田地区で四七日の逮夜供養を勤めて帰って来た。

重なる時重なるもので・・・。最初お葬儀の連絡を受けたとき、どうなる事かと思ったが何とか無事に勤める事が出来てヤレヤレ・・・。

お葬儀の時、喪主さんが、「父は日頃から、長生きした長生きしたと言ってました。思い残す事のない84年の生涯だったと思います」と語られるのを聞きながら、感慨深い思いがした。