*日蓮宗総本部の宗務院(東京都大田区池上)で開催された『教区教研会議連絡会議』に出席した。
この会議は、各教区(鳥取は中四国)で毎年行われる『教研会議』の運営を考える会議で、去年・今年・来年・の当番県の代表が、集まり、あ~だ、こ~だ・・・(^.^)
どうもお坊さんは、自分は偉いと思っている人が多いので始末が悪い。内容も脱線が多いし、何を言っているのか分からない発言が多い。と、自分の事を棚にあげて・・・(^_^;)
まづは自分の事を反省したい(*_*)

2012年05月22日2件のコメント
2012年05月21日コメントをどうぞ
2012年05月20日2件のコメント
*18日の夕方鳥取を出発して山梨県南巨摩郡身延町にある総本山身延山久遠寺で35日間の『信行道場』の修行を終えた愚息を迎えに行き、途中大阪経由で、梅田の大本山阪神百貨店にもお参りし、今日の夕方無事に帰ってきた。走行距離約1200キロの爆走!?。車中での仮眠を含めて1車中仮眠と1泊3日の強行軍のロングドライブだった。
愚息は、正座で擦れた傷からばい菌が入り足が腫れあがり大変だったらしいが、とにかく修行も道中も無事でなによりヤレヤレだった。(*^。^*)
帰りの道中、無事に終了式を終えた愚息に、「どうだった、たった35日じゃものたりんだろ~。延長してもらえば良かったのに。まあとにかく無事でよかったなぁ~」というと、愚息曰く、「お肉が食べたい」と。ダメだこりゃ~・・・。親と師匠の顔がみたいが、どちらも私だ・・・。
という事で、今日は写真を沢山!
2012年05月19日コメントをどうぞ
2012年05月18日コメントをどうぞ
*昨日参加した、二階町にあるコミニティー食堂ビーンズさんでの『有頂天クラブ 異業種交流会』は面白かった。
お医者さん、整体師さん、農場経営者、商店主さん、神主さん、などなど各分野で活躍しておられる方々とお話しをしていると面白いし勉強になる。
先日のお坊さんの会議(布教師会)で会長さんから、「予算の関係もあるし、講師先生の心当たりもありませんし、今年は研修会は考えておりません。一年間熟慮して講師の先生を探して来年出来たら良いと思います」という話が出たので、「坊さんが一年間も熟慮しているうちに、世の中はドンドン変わって行くんです。一年間も熟慮している暇はありませんよ」と偉そうに発言していたが、異業種交流会に出ていると、全員が講師の先生になりうると思った。
そう言えば、布教師会で以前、「そこら辺を歩いている、おばちゃんとか高校生を呼んで来て、我々お坊さんをどう思いますかぁと尋ねたらいいんじゃないですか、そうしたらその方々は立派な講師先生です」などと、これまた偉そうに発言した事も思い出した。
とにかくお坊さんはお寺にじっとしていてはいけないと実感した。奥さんからはいい加減にして下さいと言われそうだが・・・。(*^。^*) 自分では良い加減だと思っている・・・。
*今日は、84歳で旅立たれた男性のお葬儀を葬仙吉方ホールにてお勤めした。
司会の女性が開式のナレーションが素晴らしかった。「今、エレクト―ンの生演奏をさせて頂いています。音楽がつなぐ心が、故人様と皆様との心のかけ橋となるようお聞きいただければ幸いで御座います」との言葉から始まり、故人の84年の御生涯を称える分かりやすい言葉がなんとも穏やかな雰囲気をかもしだしていた。
そんなナレーションが醸し出す雰囲気を大切にしながら、入場し式をお勤めさせて頂いた。と自分では思っているが、どうだったろう・・・。
最後の挨拶で喪主の御長男さんが、「父は職人として、自分の仕事に自信を持っている職人でした。私達も自信を持てる人生を送ってゆきたいと思います」と話される言葉にも感動した。
お寺参りの時に、故人は腕の立つ建具職人さんで、学成寺の建具のほとんどは、故人の手に作られている事をお話しして、「お姿にまみえる事は叶わなくなりましたが、故人の匠の技はずっとお寺に生き続けていきます」などとお話しをさせて頂いて、お葬儀を締めくくった。
*という事で、これから明日修行を終える愚息をむかえに、総本山の山梨県身延山へ車で出発!
2012年05月17日コメントをどうぞ
*石原裕次郎さん主演の映画『黒部の太陽』が44年ぶりに上映されるとの事。この映画は、171名の方が亡くなられ世紀の難工事と言われた黒部第4ダム(くろよんだむ)の建築を映像化した映画。
ところが、今この黒部第4ダムは水力発電としては機能していないらしい。今の役割は、もっぱら観光・・・。ダムがムダになって・・・。もったいない話だ。
ユーチューブには何でもあるもんで、黒部ダムの映像があったので、アップしてみた。凄いムダだ。いやダムだ・・・。
2012年05月16日コメントをどうぞ
2012年05月15日コメントをどうぞ
*午前中月回向に伺った檀家さんの仏壇に、合掌した手の絵が飾られていた。みているとこちらが拝まれているようで、とても柔らかな雰囲気のある素晴らしい絵だった。
そんな絵を見ながら、以前学校で給食を食べる時に合掌して頂きますと言っていらたら、父兄から宗教行事のようで不適切だという事でクレームがついたという話を思い出した。
そもそも、人間は二本の足で歩行できるようになり、自由に使えるようになった二本の手で今日の文明を築き上げてきた。その間には良い事を沢山してきたが、そうでない悪い事も沢山してきた。その悪い事をした両手を体の前で合わせ手を使えなくする姿が合掌。手を使えなくした状態で”ごめんなさい”と反省する。それが合掌の姿だと聞いた事がある。そんなふうに説明すれば宗教的な姿云々ではなくなると思うが・・・。
合掌して頂きますを止めた学校では、ブザーの音を合図に食べ始めるようにしたとの事だった。これは給食ではなくエサだ。そんな食べ方をしているとろくな人間になるわけがないと思うが・・・。
私はちゃんと合掌して頂きます~と言ってきたはずだけど・・・。
2012年05月14日コメントをどうぞ
2012年05月13日コメントをどうぞ
*毎年5月の第2日曜日に営んでいる『施餓鬼法要』を弥生町の本浄寺と町内の長栄寺さんにお手伝い頂きお勤めした。
ちょっと肌寒く、本堂のエアコン(暖房)を入れたが、この時期の『施餓鬼法要』で、暖房を入れたのは初めてかもしれない。お経を読んでいると段々体が温まり汗が出てきたが、一度つけたエアコンを切るわけにもいかず・・・。
『施餓鬼』は、餓鬼に施すと書き、自分勝手な振る舞いにより、餓鬼道に堕ち飢え苦しむ人に施しをして救い、その施しをするという善い行いによって、私達も救われる事を願うという意味がある。
餓鬼界とは常に飢えと渇きに苦しみ、けっして満たされる事のない世界。その中に”有財餓鬼”というのがあり、財(物)があってもあっても欲しがり、留まるところの無い欲望の世界を言う。死んでから行く所ではなく、生きている時の状態を表すのが本来の意味。思い当たるふしが・・・。心したい。有財餓鬼のうざいが「うざい!」という言葉の語源かどうかは定かではない・・・。
『施餓鬼法要』は、どうしたらそのような事にならずにすむかを考えるきっかけでもあるので、自分の事を棚に上げて法要の最後に、「私がの”が”を、あなたがの”が”に付け替えると上手に生きられれます」などとお話をして『施餓鬼法要』を終えた。