*お葬儀をお勤めさせていただいた。
昭和20年広島で仕事をしておられ被爆されるも、九死に一生をえてふるさと鳥取に戻られ体調の回復を待って県庁職員となられ、元気に一家を構え子供さんを育て上げ職務を全うされた方だった。
近年は語り部として戦争の悲惨さを世の中に伝えておられた。とても丁寧な方だった。
お寺によられると、うちの母と話をするのを楽しみにしてくださっていた。母とにこやかにお話をされている姿が思い浮かんだ。92歳の旅立ちだった。
故人が書かれた毎日訓が飾られていて素晴らしかった。『晴れても 曇っても がんばっても なまけても 一日は一日 今日を精一杯生きてみる まずそれから』








































