*県民ふれあい会館での『2014第4回とっとり音楽祭』で、あのスーパーギタリスト、マーティ・フリードマンのライブを観た。今回はバンドでの来鳥だった。
♪Amagi∼Go∼o∼o∼e∼e∼♪ とギターが唸るは、歌うは、泣くは、場内は大盛り上がり。素晴らしかった。
今回はバンドでの来鳥で迫力満点だった。また来年も来るとの事。楽しみだ(^o^)

2014年08月31日コメントをどうぞ
2014年08月30日コメントをどうぞ
*鳥取駅前の『けやき広場』での『2014第4回 Peace ob Cake とっとり音楽祭』に行き、ru:ju(ルージュ)さんの爽やかな演奏を聞いた。
『ルージュの伝言』などお馴染みのナンバーを歌い最後は ♪た∼ての糸は∼あなた∼ よ∼この糸は∼わたし∼♪ 『糸』は、やはりいい歌だ。どの曲も素晴らしかった。
鳥取の音楽シーンも結構賑やかだなぁと思ったが、せっかく多額の費用をかけて作った閉開式屋根の『バードハット』が騒音などの苦情がでてあまり使われていないのがなんとも。今回も雨がパラつき、これが『バードハット』だったらなぁと・・・。
2014年08月29日コメントをどうぞ
2014年08月28日コメントをどうぞ
2014年08月27日コメントをどうぞ
*9月6日に、JAさんの葬祭会館『清香苑』で開催される『JA鳥取いなばグループ主催 終活サポート2014』で、『終活を通して”生”を考える』と題して1時間15分ほどお話をさせて頂く事になった。
これは私の知り合いのJAに勤められる方が葬祭にも関わられる事になり、「私の知ってる住職さんは都さんしかいませんので」という事で声をかけて頂き、「ほんとに私でいいんですかぁ∼」と言いながらお話をさせて頂く事となった。
最近は全国でこのような『終活セミナー』が行われているが、お坊さんはほとんどかかわっていないようで、常日頃からこれはいかがなものかと思っていた。
よりによって私のような怪しい坊さんに声をかけて頂いた事はとても有難い事だ。”皆の宗 臨機応変は”という事で宗派に偏らないお話をさせて頂きたいと思っているが。大丈夫だろうか・・・。
2014年08月26日コメントをどうぞ
2014年08月25日コメントをどうぞ
*米子市の全日空ホテルで開催された『中四国教区教師研修会』に出席中!
講師先生は、スポーツ心理学の権威として、下柳投手や田中賢介選手などトップスポーツ選手にメンタルトレーニングの指導を行い成果をあげている福島大学人間発達文化学類教授の白石豊先生❗演題は『豊かなえるコツ』!
『夢をかなえるコツ』は、リミッティング・ビリーフ(自分の可能性を制限している誤った思い込みを)からの脱却、達成の目的をはっきりさせる、適切な目標を設定する、アファーメーション(自己指示)を使う。そして『他人と過去は変えられないかが、自分と未来は変えられる』なるほど‼
先生のメンタルトレーニングを受けた元サッカー日本代表の岡田監督が、「教え込むのではなく、自ら考えてプレイする方法を教える」と。これは、まさにコーチングだ!
そういえば、星野監督が以前『夢は逃げない、自分が夢から逃げていく』と言っていたなぁ。奥さんからは逃げても、夢からは逃げないように頑張ろう!
2014年08月24日コメントをどうぞ
2014年08月23日コメントをどうぞ
*若桜町の蓮教寺で満中陰忌の法事をお勤めした。若桜町は朝少し涼しかったので、「今日は、ちょっと涼しいですね∼」と挨拶を交わしていたが、昼前頃から気温が上がり暑い一日となった。
法要後、「亡くなられた時から四十九日までの間を中陰といい、中陰の日にちが満ちましたという事で、今日の法要の事を『満中陰忌』というんです」などとお話をして法要を終えた。八頭町でのお墓参りの時、まわりの田畑の稲がまだ青いが背丈が高くなっているのを見ながら、「稲刈りが近いですね。月日の経つのは早いもんですね」と。ほんとに月日の経つのは早いものだ。すぐに彼岸が・・・
昨日、この地区の田畑にコウノトリが飛来していたとの事だった。帰る時白い鳥がいたので写メしてみたが、どうやらコウノトリではなかった。
2014年08月22日コメントをどうぞ
*先日日刊スポーツ新聞で『お題目』の文字を見た。だがしかし、その使われ方は『おためごかしのお題目にうんざり』・・・。
一般的に、『お題目のように』とか言われる場合、口先ばかりで何もしないという意味につかわれるわけで・・・。このことを日蓮宗の坊さんはどう思っているのか。と声を大にして言いたい。
宗務総長さんなど宗門の偉い方々が挨拶されると、「一天四海皆帰妙法、お題目総弘通、祖願達成の為に、不惜身命の決意で邁進してまいります」。などと言われるが、一般の方々には意味不明だし、そんな出来もしない事をよく平気で言われるなぁと呆れるばかり。そんな事だから、なにも伝わらず素晴らしい『お題目』が悪い喩につかわれることに。情けない話だ。と自分の事を棚に上げて思ってみるが、どうにもならない現実が・・・。
『お題目のように』のようなことが多々ある私がとやかく言える立場ではないか・・・。