*お盆のお経で、倉吉から岡山へ出向した。
高速のない頃は倉吉から岡山へは、人形峠を越えて国道53号線をくだり岡山に着くのは3時ごろになり、鳥取に帰るのは夜になっていた。今は湯原ICから米子道に乗り、中国道から岡山道を通るので随分楽になった。有難いことだ。

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*気高町へ1軒お盆のお経に行き、今年のお盆行事が始まった。初めて行った時、先代住職の師父が「目印は、パーマ屋さんが角にある三叉路を左に曲がって直進して・・・」と教えてくれたので、パーマ屋さんを探すが見当たらず迷子になりながらようやく檀家さんの家にたどり着いたことを思い出す。師父が行っていたパーマ屋は実は『パパ&ママ』という喫茶店だった・・・。今はそのお店もなくなっている。
*今日は、午後『大黒天神祭』をお勤めした。本当は16日が甲・子(きのえ・ね)のご縁日だが、お盆行事(蓮教寺お盆法要)と重なるため今日お勤めさせていただいた。
本堂のエアコンの効率を良くする為に扇風機を取り付けた。珍しく私が脚立の乗り作業した。雨が降るかもしれない・・・。
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*行年94歳のお婆ちゃんの満中陰忌の法事をお勤めした。大正・・昭和・平成と大変な時代を生き抜かれ農家を守って来られた方だった。
法事の後席で、施主を務めた息子さんが「振り返るに、近年看護をするようになってから気づいたんですけど、私は母の顔を見て話をあまりした事がなかったような気がします」といわれるのを聞きながら、そんなものかもしれないなぁと思った。
同じく法事の後席で隣に座られたご年配の男性が、「おしょ~さん。おしょ~さんは法要中に歩かれるときに、畳のふちを踏まれませんでしたな~。意識しとられたですかな」と尋ねられた。
「え、よく見ておられましたですね。実はそうなんです。意識しています。小僧の時に行儀作法として畳のふちを踏むなと教わりました。その時は知らなかったんですけど、後になって、戦国時代は床に忍者が忍んでいて、畳のふちのところから刀を突き上げて命を奪おうとした。ということが元で、畳のふちの上にいたら命が危ないので畳のふちを踏まないという行儀作法が生まれたんだそうですね」と返事をさせていただき、しばらくその話で盛り上がった。
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*行年80歳の女性の満中陰忌の供養をお勤めし永代供養廟所へ納骨供養をお勤めさせていただいた。小柄な方だったがしっかりされたご婦人だった。平成21年に御主人の3回忌をお勤めになった時に「私は何処に納まるんでしょうね」と言われていた事を思い出した。二人の娘さんやご親戚の方々に見守られて学成寺の永代供養廟所へと納まられた。御主人のそばに安置され喜んでおられるお姿が思い浮かんだ。
「満中陰忌は、ご命日から49日をむかえられるまでを中陰といい、中陰の日にちがすべて満ちましたと言う事で『満中陰忌』というんです。いろんな思いが満ちて、あたかもシャンパンタワーが満ちあふれて、次のグラスを満たすようにいろんな思いが繋がって悲しみを乗り越えて明日へと繋がっていくんです」などとお話させていただいた。